進路について OGの活躍
進路について OGの活躍
大学職員 広報 若井有香さん 第1話トップ
第1話

小6の時に、いきなり
「中学受験しなさい」

広告代理店での経験をいかし、
現在、大学の事務で広報を担当する若井さん。
中学受験は考えていなかった?大学受験は失敗?
彼女の中高時代を紐解きましょう…。

茶道部は、いつ入ったのですか?

中1の時です。

どうして茶道部に?

母が茶道をやっていて、あと、お茶のふわふわ感が好きで(笑)。飲んだことはなかったんですが、見た感じの雰囲気でおいしそうだなと。母もやっていたので、わたしもやってみようかな、という好奇心で。家に茶道の道具もあって。

では、入学前から「茶道部」と決めていた?

そうですね。絶対入ろう、と思ってました。

藤の入学理由は?

母にゴリ押しされて、「受けなさい」でした(笑)。小6の時に、いきなり「中学受験しなさい」と。

いきなり?!理由は聞かなかったのですか?

聞きました。わたし当時、CAになりたくて。「GOOD LUCK!!」ってドラマがあったんですが、キムタクと柴咲コウの。あれが、ANAなんですね。で、「ANAのCAさんになりたいな」って言ってたんです。そしたら「ちゃんと英語が勉強できて、環境が整っている藤に行きなさい」ってパンフレット渡されて。で、受験勉強を始めたんですよ。

若井さん_1-1

お母様は、私立中出身ですか?

いえ、違うんです。だからすっごい調べたみたいです。あと、藤は祖母が受験したそうで昔から知っていたみたいです。

お母様は、娘の将来の夢を勘案して、私立中を考えたわけですね。

そうです。最初はびっくりしましたね。しかも女子校ですし。当時は「普通の女の子と同じルートにいけないんだ」って思って。「青春が消えるんだろうな」って(笑)

抵抗はしなかったのですか?

しなかったです。パンフレットを見た時に、歴史ある学校だし、高校受験がないのっていいなって思ったんです。6年間同じ子たちと過ごす=一生の友ができるだろうなって。小学校では、あまり楽しい友人関係じゃなかったので…。

嫌な目にあったことがあるのですか?

無視されたり、ありましたね。クラスの中でターゲットを決めて、「次はこの子を無視しよう」みたいなことがあったんですけど、それがすごい嫌で。だから、「受験する」って決めました。でも、当時の自分の学力が相当低かったんです。塾に入って模試を受けたら、順位がすごく低く…。塾でも「本当に受験するの?」みたいに言われ…。「すべり止めを考えなさい」って。でも、他の私立は興味がわかなくて…。藤の制服、「かっこいいな」って思ってて。全身黒で。それに憧れもあったので。どうせ頑張るなら札幌で1番の女子校に行きたいとも思って。

うれしいです。負けず嫌いな面があるのですね。

「自分は負けず嫌いなんだ」って、その時気づきました。

いつも言うのですが、インタビューに出る方、負けず嫌い率が高いです。

(笑)。

では、すべり止めは?

受けなかったんです。1本にしようって思って。

入ってみて、どうでしたか?

なんだろう…みんな「合う」というか…。みんな、ちゃんとしていて。
「個性的」という意味で変な人はいるけど(笑)

友達関係はどうでしたか?

入学前に塾で友達になった子がすでにいて、あと入学式の日に、隣りに座ってた子に話しかけて友達になって。今までと違って、苦労さがなくて、純粋で、「そういう子たちと6年間いられるんだ」って、楽しみで嬉しかったですね。

では、友人関係でのトラブルはなかったのですか?

実は…入学して数か月経ったときに、ある女の子が「この子を無視しよう」みたいな動きをして。

それでは、小学校時代と同じじゃないですか。

そうなんですよ。あの時、あの子がああいうことをしなければ、すごい平和だったと思います。

その子も、小学校時代を引きずっていたのかもしれませんね…。

でも、その子がいたから、「色んな人がいるんだ」って、社会にでたあとの耐性がついたというか。

では、いつ「藤に入ってよかった」と思いましたか?

中3ですね。関川先生のクラスで。

若井さん_1-2

関川先生、よいですね!「あなたたち、ちゃんとしなさい」って言ってくれますものね。

すっごい言ってくるんだけども(笑)、愛情があるんですよ。ただ、中3なので、言われることに反抗したくなるんですよ。当時、席が近かった子たちと仲が良くなって。8人くらい。よくTさんの家に行ってお泊りしたり、ご飯食べたりしたんです。今でも本当に仲が良くて。結婚式の時には、その席があって。

「藤席」があるんですね。

あるんです(笑)。一生の友が、中3でできました。

小学校時代をひきずった中1・中2がおわり、そこで「一生の友」にであったのですね。

そうです。下校途中にサーティワンを食べていたら、高平先生に見つかって追っかけられたり(笑)。「逃げろ―!」っていって(笑)

学校生活で思い出に残っていることはなんですか?

オーストラリアとカナダの海外研修ですかね。入学前から、両方行くことを決めてました。

若井さん_1-3

行ってみて、どうでしたか?

期間としてはそんなに長くないんですけど、はじめて一人で放り込まれるという経験だったので。しかも中3での英語力ってなかなか…とまどいましたね。すぐホームシックになっちゃって。毎日泣いて暮らしました(笑)

いつ泣かなくなったのですか?

後半の1週間くらいですね。ランチとかも、お弁当持たせてくれるんですけど、毎日でっかいリンゴが入ってて。でも食べきれなくて、泣きながら捨てて帰るんですよ…「ごめんね、お母さん」って。すごくよい家族だったんですけど、やっぱり「海外」っていうことでホームシックになっちゃって。

2回目のカナダの時はどうだったんですか?

それを克服しようと思って、カナダに行ったんです。アジア人の家族だったんで、そんなに「海外にきた!」感がなくて。そこは楽しく過ごせましたね。

学校で一番がんばったことはなんですか?

部活ですね。中3で、ある程度先輩たちがやっていたことができるようになって。中3になると、畳に上れたり、ある程度お点前ができるようになるので。

藤の茶道部は、学校祭が大変ですよね。

毎年、あのためにがんばってるので。

若井さん_1-4

学校祭は、あそこでずっとお茶を点てたり運んだりだけの思い出では…?

そうです(笑)

校内回ったことあります?

ないです。回る時間もないですし、自分たちのクラスを手伝う時間もなくて、そこは本当に申し訳なかったですけど…。

学校祭の思い出は、「茶道」一色だったんですね。

そうなんです。ただ、引退したあとの高3の時…、「わたし振り返ったら茶道の思い出しかない!」と思って、それで、「軽音やろうよ!」となり。

講堂発表ですね。

そうです。それで、歌のうまい子を集めて。わたしはギターの経験がなかったんですけど、そのために買って練習をして(笑)。アコギを。

親御さんは買って下さったんですね。

最初は反対されました。受験生でしたし。でも、やらせてくれました。そのおかげで、やっと学校祭の思い出ができました。部活以外で。

うまくいったんですか?

いきました。みんなで号泣して。

それでは、在校生に向けてメッセージをお願いします。

一生の友ができるよってことを伝えたい。友達っていうところでいうと、やっぱり6年間ずっと一緒なので、自分の嫌なところもいいところもわかってくれてるし。社会人になってからもずっとつき合える仲の友達は絶対できる。あと、先生が本当によかった。愛情がある先生がいっぱいいる。ただ厳しいだけじゃなくって、きちんと愛もあるんだよってことがみんなも分かった。ただ怒られてるだけ、「うざいな先生」って思っちゃうかもしれないんですけど、将来絶対役に立つことを言ってくれる。校則とかも厳しくて嫌かもしれないけど、身だしなみをちゃんとするっていうのは将来絶対役に立つこと。藤で教えてもらうっていうことは、レディになれる、美しい女性になれる6年間だと思う。私、皆勤賞だったんですけど、6年間休まずにいける本当に楽しい学校でした。


撮影場所:藤女子中学校・高等学校
インタビュアー・ライター/新山 晃子
カメラ/中村 祐弘
編集/高橋 巧