「藤に入ってよかった。人生が変わった」と思ったのは、40代になってから
一人っ子生活から一転、30人の同級生と過ごすことになった山本さん。
彼女は寄宿生活にすぐになじみ、そこで判断力を身につけていきました。
愛情深く見守ってくれるシスターたちに支えられ、登校いたします。
そんな彼女の学校生活はどのようなものだったのでしょうか…。
「藤」ときいてパッと思い浮かぶこと、寄宿以外で教えてください。
「伝統」と「女子校」ですかね。
山本さんにとっての「藤の伝統」とは、具体的に?
今になって思うのは、掃除。当時、ものすごく厳しかったんですよね。寄宿も学校も。
厳しさとは?
ピッカピカじゃないとOKもらえないんですよ。昔、タイルの床でしたよね。あれを大掃除のときひたすら研磨剤でこすって最後にワックスかけるっていう。みんな一心不乱にこするんですよね。それを6年間やりとおし、しみつき。ひとり1枚、何ブロックと割り当てられ。
タイルだと、分けやすいですもんね(笑)。
そうそう(笑)。
今はタイルじゃなくなったので、研磨&ワックスはないのですが…。では、掃除を懸命にやったことで、いま活かされていることってありますか?
それが、いろんなことに繋がっていると思います。やっぱり、他人と仕事したり、暮らしていく上で、人が気持ちよくいられる空間が大事だという思いは、あの時のタイル磨きと窓拭きのおかげです(笑)。
「女子校」と聞いて思うことは?
羞恥心がないというか(笑)。みんなの前で着替えるのも平気だし、自由でした。「見られている」という気持ちがないんですよね。寄宿も、当時は大きなお風呂で、みんなで入って。
いまそれないんですよ。個室の浴槽やシャワーになって。
え~!その辺が思い出でしたけどね。みんなで洗面器持っていって、9個の洗い場を、混んでいるときは待って、使ったあとはきれいにして。洗面所を終わったら拭くとか、髪の毛を掃除するとか、そういうのが染みついている、というのが女子校で育って・・・ふつうの学校では教えてくれないですよね。
学校生活で一番がんばったことは?
なんだろう・・・いつもはみんなそれぞれ好きなことに没頭しているなか、行事になるとすごい団結力があって。とくに、球技大会はすごく覚えています。わたしバレーボールなんて全然できなかったのに、みんなとすごく練習して、バレーボールが大好きになって。朝練、昼練・・・。
放課後、予選を行っていた時代ですね。
そうです!その時は、授業終わったらみんな体育館へ行って。
普段はそれぞれ違うことをしているクラスメイトが。
今思えば本当に、色んなタイプの子がいました。外山さんみたいにピアノでコンサートをしていた子もいれば、水泳が得意で毎朝練習をしてから髪をぬらしたまま登校してた子とか。書道や絵画がすごく上手な子もいました。みんな自慢はしないけど、実はすごい、みたいな。あと、クラスのみんなが登場する小説をひたすら書いていた子もいましたね。クラスのベストセラーで(笑)。「新しいのできたよ」ってみんなで回して。
キャラクターは、創作?
そこは入り混じった感じでした。おもしろかったですよ(笑)。
印象に残っている授業を教えて下さい。
家庭科と宗教ですね。足踏みミシン。
今もです(笑)。
足踏みミシン、すごく楽しかったです。ずらっと足踏みミシンが並んでて、提出期限が近づくと放課後取り合いで。「それ終わらないと修学旅行いけないよ」みたいな(笑)。パジャマとか、エプロンとか、作りましたね。
宗教の思い出は?
突然シスターと暮らすようになって、最初は何もわからないじゃないですか。寄宿の中にも御聖堂があって、いつもみんなのために祈ってくれるという姿がいつもあって。全く分からなかったキリスト教について、宗教の時間に知ることができましたね。みんながとっかかりやすいビデオを見せてくれたことも。「十戒」とか「ジーザス・クライスト・スーパースター」とか。
進路を「歯学部」にきめたのはいつ?
細かいことが好きだったんですよね。小さいころから裁縫とか。そういう、手で細かい作業をする職業につきたいな、と。
なるほど~。「医療」からじゃなかったんですね。
そうですね。なにかずーっと細かい作業をしたいなと。
それ、面白いですね。
そこから、こういう仕事もあるんだな、というのを在学中に知って。
ご家族に医療系は?
いないです。「どうしたの?」みたいな感じです。
先生からのすすめだったんですか?
いえ、自分で「なりたい」って。
指定校推薦でしたか?
受験でした。はじめは推薦も考えたんです。当時進路に揺れて、いろいろどうしようと思って、別の学校の違う学部を推薦で受けましたが、その推薦結果がだめで、それが12 月で。どうしようって。推薦で受かると思っていて、模試とかも受けたことない、という中でいきなり受験に(笑)。
急遽、土壇場で受験になっても対応できたんですね。
藤は英語が強いのでそこは得意だったり。私立大学だったので受験科目をしぼれたのもよかった。それに黙学で、「勉強をする」という習慣は付けさせてもらっていたので。
「藤に来てよかった」と思ったのはいつですか?卒業後でもいいですよ。
今、40 代になって、すごく思いますね。藤の学生の時は、それはその時で楽しかったですし、卒業したあとも、藤の友達に会った時にはすごくホッとします。でも、「藤に入って本当によかったな。人生が変わったな」って思うのは、40 代になってからでした。20 ~ 30 代は、生きていくことに必死だから、振り返っている余裕がなくて(笑)。40 代になって、「いま自分はどうしてこうしていられるのかな」と考えた時に、やっぱり私の人生の転機は、「あそこで藤に行ったから、自分の仕事をみつけられて、今こうしてやっている」という。
在校生に対して、メッセージをお願いします!
私もそうだったんですけど、在学中は「なんで今こんなことしなきゃいけないの」と思う時間が沢山あると思います。でもその勉強以外の時間が、やはりすごく大事で、社会に出てから自分の助けになってきます。つらいことにぶつかった時に、自分をわかっているとすごく楽になるんですよね。音楽が好きだったり、本が好きだったり、自分の好きなこと、リフレッシュできる方法を見つけられると、何があっても乗り越えられる心の強さをもつことができます。藤は芸術方面も長けていますし、世界の様子なんかも知れる機会が多いですよね。3 年間だったら身につかないこと、気づかないことが、6 年間だとしっかり身に付くと思います。そこがやはり中高一貫女子校のいいところですね。
自分の理想の生き方を見つけられる、と。
そうです!
撮影場所:北栄こども歯科
インタビュアー/新山 晃子
カメラ/中村 祐弘
編集/松永 大輔
デザイン/清水 麻美