進路について OGの活躍
進路について OGの活躍
元宝塚歌劇団 安達彩子さん 第2話トップ
第2話

ひと公演たりとも、絶対に手を抜きたくない

自己アピールできる場所を探していた安達さん。
彼女が選んだのは、「宝塚」でした。
芝居に出会い、自分を表現する方法を得ます。
そんな宝塚時代を紐解いていきましょう…。

音楽学校の2年目ってどんな感じなんですか?

1年目との差が大きくて、2年目になると普段からお化粧してよくなるんですよ。
1年目の時は私服の色も限定されていて、登校時の靴がローファーだったんですが、2年目はパンプスを履いてよくなる。バッグも、派手じゃなければ好きなものを。

後輩も入ってきますね。

自分たちが1年目にやっていたお掃除だとか、色んなことを次に入ってきた子たちに教えなければいけない。正直、言うよりも言われる方が楽ですね。

習得させるよりするほうが楽ですし、なんなら自分でやる方が楽ですよね。

そうなんです!その大変さですね。でも、その後劇団に入っても、限りなく上もいればどんどん下も入ってくるわけです。だから、そういうための訓練なのかなと。1年目は上がいること、自分が下であることの意識、2年目は、様々な縛りが少し緩くなり自分自身にも、新しく入ってきた後輩に対しても持たねばならない責任感とか。
社会の縮図みたいな感じだと思います。だから、宝塚でちゃんとやっていれば、辞めたあとどこへ行っても苦労しないと思うんですよね(笑)

2年目は、責任の年なんですね。

そうなんです。自分の言動に責任持ちなさい、ということなんだと思います。
あと、2年目は劇団に行くことを徐々に意識づけられますから、夏休みの間に芸名を決めます。

自分で決めるんですね。

歌劇団に提出して、使用可かどうかの返事が来て、不可だったらまた考えなければいけない。
昔は、百人一首の言葉を使ったりしていたようです。

美しいですね。

今はいわゆるキラキラネームのようですが。以前在籍していた方とフルネームでかぶっちゃいけない、という決まりもあって。恩師やお世話になった方に決めてもらうという子もいます。漢字もある程度、常用漢字の読み方で収まっていなければいけなくて。本当にキラキラネームにありがちな完全な当て字というのはダメ…なので、難しいんですね。同期ともかぶっちゃいけないし。

安達さんは、どうやって決めたんですか。

東京の先生の元に通う時にお世話になった方が長年宝塚を応援している方で、その方が「エリオ」というラテン系の男の子の名前があるので「この名前どう?これは誰ともかぶらないだろう」と。

かわいい名前ですね。

それに合わせる名字を考えていたんですが、2学期始まってから「使用不可」といわれ…。授業始まると全くその暇がなくなっちゃうので「私も考えるけど、お母さんも考えて」と母に相談して。母が、「エリオに合わせるには2文字がいい」それで、あい、あう、あえ、あお、ってまさかの五十音順に合わせていき「しき…これいいじゃない!」という感じで決まりました。

安達さん_2-1

音から。

画数とか何もみてないです。母親が、宙組の初代トップスターの姿月あさとさんのファンで「お母さん『し』は『姿』がいい」と、「樹」は私が好きな字で、それでつけたんです。

「えり緒」、いいですよね。

ラテン系でつけたはずなのに、愛称がエリオットになり…イギリス?あれ?と(笑)
本当は本名の「彩」を入れたかったんですが、それが名字に使うのが難しくて「『サイ』とは読めるけど『サ』とは読めない」というような。なので、芸名からはまったく本名がわからない。

音楽学校を卒業し、入団の時期のお話を教えてください。

最初は花組で、同期全員で初舞台として舞台に立ちました。組に配属の前に、春に行われるいずれかの組の公演で、全員初舞台を踏ませてもらうんです。同期で一斉に舞台に立てる最後の機会なんです。それが終わって…辞令をもらって。月組と書いてありました。

月組はどんなチームなんですか?

あの…「芝居の月組」って言われるんですよね。脇でもすごく芝居をする、若手とかもみんなする。

ぴったりじゃないですか。

入った時は、「月組っぽくない」って言われていて。でも芝居で色々やらせてもらえるようになってから、批評とかでも、『芝居の月組』らしいという評価をいただくようになって、それは嬉しかったですね。

プロとしてのレッスン、大変そうです。

「表現したいことが見えない」って最初は言われましたね。「やりたいことはなんとなくわかるけど、それだったら舞台上では見えない」って、散々言われました。テレビではなく、舞台だから。あんなに大きい舞台で大きな衣装を着て「そんなちょっとやっているだけでは、遠くにいるお客様には見えない」って。「思っていることをもっといっぱい表現しないと。それを舞台でやるために、稽古場で沢山やるんだよ」って。確かに稽古でやらないものを舞台でやれるわけがない。

そう言われて、みんな、自分を出していくんですね。

「みんなトップスターになりたくて入るんでしょ?」と言う人がいるんですが、みんながみんなそうではないです。スター路線に入るような素質がある人間じゃないと自分が一番よくわかっていましたし、そもそも舞台に立ちたいから入ったわけです。作品を作る時によく言われるのが、トップスターは演じる役柄やキャラクターがある程度決められているから、その色しか出せない。逆に、その他の人たちがそれぞれの役にキャラクターを付け深めて面白くしていくことで、場面なり作品なりの厚みが増していく。どんな通行人の役でも、どんなにちょっとの間しかいない役でも、舞台に立つ姿勢が作品にとっては大事だ、ってよく言われるんです。周りが、言い方が悪いですが…動く背景。その人たちが、逆に言うとその作品を作っている。そんな面白い役割ないじゃないですか。

スタ-は、「スターである」という役割ですもんね。

失礼な言い方なんですがそれがスターの役割ですし、究極はそれしかできないんです。だから、早くに自分の立ち位置を理解するというのも大事なことだと思うんです。私の場合は、このビジネスライクさがうまく働いて、割と早かったんです。

同期 43 名のうち、馬が合ったのは?

(パンフレットを指さしながら)彼女は今月組の組長を務めている人で、先日退団発表がありました。実は彼女とは、ずっと仲が悪かったんです(笑)。お互い主張が四角くて。

まじめな2人なんですね。

主張が角ばっていてぶつかっちゃうんですけど。私が辞める前あたりから、少しずつ話しはじめて…で、今、一番仲がいいです。彼女の持っているセンスとか、ずっと私は好きだったんです。鬘に付ける飾りのセンスとか、すごくいい。

何か、似たものを持っていたんですね。

多分似ている部分があったから、お互いの主張がぶつかりやすかったんでしょうね。ものすごいケンカしたことあります。だけど、今は仲良し。

在団中は、ほかの団体の劇にでることはできるんですか?

できないです。ただ、劇団から外部への出演をスケジュールとして言われる場合があって。一度関西の若手の歌舞伎の方との芝居に選抜で選ばれたことがありました。出雲阿国一座の役で。私日舞が苦手だったんですが、でもちょうど直前の日舞の成績がよく。

ラッキーですね。

その時、はじめて女性の役を演じましたね。「あれ?どうやって声出すんだろう?」って戸惑いました。

一番楽しかった役は何ですか。

色々あるんですが、とても意欲的な作品があって。和物の作品で落語のネタを7つくらい使って、それを一本のお芝居にしている作品で。そういう分野も勉強なさっている演出家で、その時、役がついたんですよ。「井戸の茶碗」っていう落語に出てくる屑屋の役…今でいうリサイクル屋さんですね。それが舞台中央に出てきて、主役2人を両脇に立たせて、ずっと一人で長台詞を言うっていう。あんなにセリフを喋った、という最初の機会だったと思います。あれは…楽しかったですね。散々先生にしごかれましたけど。主役を脇においてひとりであーだこーだ…すごい情けない役なんですけど(笑)。「この橋から身投げしようと思うけど、だれか止めてー!」って。

安達さん_2-2

思い出深い役なんですね。

そうですね。みんなが純粋に役や芝居に一生懸命向き合った作品だったので、本当に余計な要素を含まない作品でした。すごく面白かったですね。割と和物に出してもらえる機会がありました。宝塚は洋物をやっているイメージがあると思うんですが。

退団の時期は、自分で決めるんですか?

そうですね。早い子は4年くらいで辞めました。

退団を決意した理由は何でしたか?

入団したら、みんな何回も退団を意識すると思うんですね。1か月半近く公演をやるとなると体調ももちろんですけど、精神的にも、どう毎日キープするのか。日々やっぱり波はあるじゃないですか。その時の気候や体調もありますし。ただ波があるのは当然なんですけど、その日のマックスまではどうにか持っていかないと。初めての方のためにもマックスに持っていかなければいけないですし、何度も来てくださっている方にも落差をみせるわけにはいかないですし。…となると体調管理を含めて舞台の事以外を考えることは私は無理だったんですね。元気な人は、東京公演2回こなした夜に遊びに行ったりもしていましたが、「私はこれから帰ります…」。

宿泊先へ直行ですか。

そうなんです。舞台上で全部使い果たすんですよ。ひと公演たりとも、絶対に手を抜きたくないんですね。でも、日々あんなにハードに踊ったりとかしていますから、みんな怪我も抱えていますし、私も入団してから膝も腰も痛めているんですよ。テーピングしながら毎日出てるという感じで。この頑張り方だったら多分10年、20年と続けられないだろう、と。手を抜いてダラダラ長くやるくらいだったら、一生懸命やって短く終わる方がいい、と考えていました。

「細く長く」の逆ですね。

ただ、ある程度の期間はやらないと、自分としても後悔が残る。辞めたら絶対に戻れないですし。
宝塚と東京の劇場だけなんですが、新人公演というものが1か月半の公演の中に1回だけあって。本公演と同じ演目を、7年目までのメンバーで勉強のために役を繰上げして公演するんです。

いいですね、それ!

ちょっとしたプレミア公演みたいにやるんです。
ファンの方々の間でも新人発掘の場でもあるようですよ。一回だけだからチケットがなかなかとれないんです。だから、まずは7年目が終わらなければやっぱりだめだろう、と考えていました。9年目の時、先々の公演予定もみて「この時期かな」と。プロデューサーに退団の意思を言いました。そのあと、自分の最終公演の演目が公式発表になったんですね。

ME AND MY GIRL ですね。

実は、宝塚に興味を持ち始めた作品なんです。天海祐希さんが出演されていたものを WOWWOW で放送したことがあって。

安達さん_2-3

高1の頃ですか?

そうです。この作品のお陰で「宝塚はこんな楽しい作品もやってるんだ」と知ったんです。だから、作品が発表になって「退団の時期は間違ってなかった」と思って。しかも、あの時以来の再演でした。

再演を心待ちにしていたファンもいるのでは?

退団から何年も経っているのに「あの時の ME AND MY GIRL に出ていらしたんですか?」っていまだに言われることがあるんです。「DVD 観てみます!」と。
マスターの役とか、先祖の役で出てますよって。

先祖の役とは…?

貴族のお屋敷でずらーっと先祖代々の肖像画が並んでいるシーンがあって、そこから先祖達が出てくる、という場面です。

いいシーンですね(笑)

私も、何時代なんだ、という格好をして。タップダンス踏んでるんですけど。
それはそれは楽しい場面です(笑)

藤を考えている小学生に対してメッセージをお願いします。

ものすごく生徒を応援をしてくれるし、実は伸び伸びとした学校生活を送れる学校だと思うんです。もちろん勉強も大事、でも学校生活もそうだし、校外もそうだし、色々と挑戦したい人は、6年間をひとつのくくりと考えていいんじゃないかなと思います。実際に自分自身で見て感じることは、大切です。見学会とか学校祭とかいらしてみて下さい。私も見学会に来たときに、すんなりと入り込みました。その空気を自身で感じ取ってみてください。


撮影場所:藤学園
インタビュアー・ライター/新山 晃子
カメラ/中村 祐弘
編集/松永 大輔