「ものを作って売る」というよりは、
「漆をもっと広めたい」
百人一首、自分の棺・・・。
ユニークな作品を制作した4年間を経て、大学院へ。
修士課程修了後も、「漆業界」で生きていく決意をした佐々木さん。
漆作家佐々木萌水の現在、そして将来の展望をうかがいました。
大学院は何年間いたのですか?
2年間です。修士課程で、マスターですね。
自分のやりたい表現ができるようになったのはいつですか?
いや、まだそこまでいってないです。
あの、すてきなチェックの汁椀は、いつ思いついたの?
あれはですね…大学に、これはいままでなかったんですけど、あまりにも就職率が低すぎて学生が路頭に迷ってるってなって(笑)、キャリアデザインセンターという進路相談室ができたんですよ。
それまでなかったんですか?!
なかったんですよ。私たちが4年~院生くらいの時にできて。
だから路頭に迷ってたんですよ。
そうですね(笑)。それで、そこに呼ばれたんです。そこが企画してる、OGやOBがつくってるアクセサリーとか食べ物とかそういうのを一堂に会して売る、展示販売イベントがあって。面白い漆器作ってる人いないかな、って探してたみたいで。同期が紹介してくれて、行ってみました。そのときはチェックじゃなくてまだ普通のお椀だったんですけど、「漆って色んな色があって」ってプレゼンしたんです。そこから「サンプル持ってきてください」という運びになり、何色がいいか聞こうと、色の見本をたくさん並べて、「この色にこれを重ねたらこうなりますよ」っていうのを。そしたらそれ見て、「どの色がいいっていうよりも、この状態が面白いから、これをお椀にしたらいいんじゃないか」となりました。
チェック柄は偶然の産物だったんですね。
そうです。
キャリアセンターの方は、アート関係?
大学のOGの人で、キレッキレのアーティストです。
「売れるもの」をわかっていたわけですね。
「おもしろいです」ってなって。ちょっとやってみようという話になって。
やってみてどうでしたか?
めちゃ大変で…つくるのが。
そうか、漆はちょっと塗ったら乾かさなければいけないから、重ねるということは…。
そうなんです。しかも、まっすぐに塗り分けるためにマスキングテープ貼るんです。なので、一層塗るのに一回で全部できないんですよ…。倍以上つくるのに時間がかかってしまって…。テープを貼る目安にするのに、専用の湾曲した定規を作って線をひいたり…。だから「もう二度とつくるか」って思ったんですけど。
(笑)、でも、これがうけたのね?
そうです、「見たことない漆器のデザインだね」と言われて。
でも「誰か真似してくれないかな」って思ってるくらいです。
漆を分かっている方は、「これは手間がかかってる」「自分はやだな」となるね。
多分。まあ、誰もやらないうちはいいかな、と思ってやってます。「やれるもんならやってみろ」という感じ。
今は「uruō」という屋号で、漆器の制作販売をしています。
佐々木さんは、マスターを修了する時に、「漆1本でやっていこう」と思ったわけですよね。
そう…ですね。
作家として食べていくための計画は?
「ものを作って売る」というよりは、「漆をもっと広めたい」というコンセプトなんです。作って売るのは手段のひとつです。
自分は漆業界に残って、裾野を拡げていこうと。
そうです。「将来的には漆教室をしたいな」と思ってたんですよ。それを例のキャリアセンターの人に言ってたら、けっこうすぐきたんですよ。「『教室をしてほしい』って言ってる人がいる」と。でも私も卒業したてだし、どうしようかなと思って、「考えさせてください」と言っていたら、「他にも教室したい人なんかいるんだぞ。早く決めろ」と言われて、「ふごっ…やります!」ってなって、漆教室をはじめました。
漆教室がなかったら、どうするつもりだったんですか?
最初一応は、非常勤講師してました。大阪府立の高校で。
大阪も財政難で、1人の先生に対して1クラス40人が定員なので、できるだけ40人にしてくるんですよ。だから、芸術必修の1年生なんかは第一希望じゃないのに、美術になる子もいて。それははじめて知って「かわいそうだな」って思ったんですけど。
漆ではないですが、美術を誰かに伝えるということを高校でやってみてどうでしたか?
1年目は3年生だけ1クラス持ったんです。それこそ本当に自由選択で 22 人くらいしかいなくて、すごい楽ちんで楽しかったです。
好きな人が最後に集まっているわけですね。
不良もいましたけどね。堂々とおやつを食べたり、ガム噛んだり、トイレいくって言って帰って来なかったり…。でも、「おい~!」っていいながら、かわしてたらいいんで。かわいいもんです。少人数だとひとりずつ見れて、それはけっこう楽しかったです。
でも2年目は1年生で、2クラス持ったんです。80 人だったんですけど。全然顔が覚えられない。やりたくないのに来てる子がけっこういて、つらさとか感じちゃって。最終的にわたしもみんなちゃんとみてあげられなかった部分が大きいですね。「中途半端に先生をするのはよくない」と思って、やめました。
自分はもっとひとりひとりをみて、丁寧にやっていきたいなと思ったわけですね。
そうですね。
一方で、漆教室はどうでしたか?
好評でした。金継ぎがブームだったので、最初から10人ほど集まって。
金継ぎというのは、陶磁器の割れたところを金で装飾し、逆にアート感を高めるという、あれ?
そうです。
漆で接着するのですね。
そうですそうです。
教室は、右も左もわからない状態から、今年で4年目になりました。
人々は増えてますか?
今年度とても増えて。1クラスだったんですけど、2クラスになったんですよ。
受け持っている漆教室は小さいのも含めて4つになりました。
金継ぎ以外のこともやってるんですか?
他の漆器づくりもやってます。受講生が好きな物を作ってます。お箸作ったり。
これは生徒さんの作品なんですけど。
(作品の画像をみながら)あ、白ってかわいいね。
かわいいです。漆のオリジナル色は琥珀色なので、他の色のついているものは顔料などをまぜたりして作っています。なので、漆の白は、琥珀色+白色で、ベージュっぽくなります。これは貝を入れて。
螺鈿細工でしょうか。
貝って透けるんで、裏に色を塗って、裏彩色っていうんですけど。これは同じアワビ貝ですけど、色を変えたりして。
みなさん、うまいですね。年齢層は?
40~70歳ですね。そこから孫に使わせるとか、家族に自慢するとか。
佐々木さんのように、身近にあることが大切ですもんね。
そうです。「今日はこんなんしてきた」とか言っていただけると。どんどん広めてもらいたいです。
どれが一番簡単ですか?箸?
箸は、簡単じゃないです。1本で完成しなくって、2本同じもの作らなきゃいけなんです。
そうか、それをシンメトリーにしようと思ったら大変ですもんね。最初から、アシンメトリーで考えたほうが辛くないですね。
それがいいですね。研ぎの作業もあるんですが、面積が小さいから、研ぎすぎたりして、せっかく塗った漆がすっかりなくなるとか、そういうのもあって。
漆教室での生徒さん達との交流のなかで、何か得たものはありますか?
こんなことあたりまえなんですけど、みんな全然漆を知らないんですよ。なので、本当に最初から説明します。その度にいろんなことで驚いてくれて、私も新鮮な気持ちになれますね。ずっと携わっていると、新鮮さがなくなってしまうので、一般的な感覚とか、生活の身近なものを自分の手で作る素晴らしさを逆に教わっているところもあります。
かぶれませんか?
かぶれはけっこう気にしますね。かぶれ問題はあるんですけど、まあ、「かぶれます!かぶれてください」って(笑)
かぶれたら、どうなるんですか?
腫れます。かゆいし。人によるんですが…わたしは今では3日くらいで治ります。最初はもっと。
全然治らなくて、教室に通いたかったのに辞めざるを得ないという受講生もいました。
プロでも触っちゃう?あるいはプロだから触る機会が多い?
どっちもありますね。プロだからつかなくなるというのもありますし、プロだからついても気にしないというのもあります。
今後、漆教室でやってみたいことはありますか?
身の回りのものを自分で作って、家で使える、という今のスタンスを続けていけたらと思っています。使ったらやがて壊れる…当たり前なんですけど、そのあと自分で直せる…というのが私の理想ですが。基本的には受講生が作りたいものを作ってくれたらと思っています。教室の作品展はやってみたいですが。
日用品で、かつ捨てないで使用し続けるっていう。それをみなさんに伝えたいということですね。
はい。漆は職人が扱うものだと思ってると思うんですけど、職人までいかなくてもできることはあるかと。別に、絵を描くからといってみんな画家なわけじゃないですし。
道具一式は買えるの?私たち、そこからなんですけど。
買えます。ホームセンターにも最近ありますけど、それが本当の漆かどうか。
漆屋さんで購入するのがベストだと思います。ネットで買えますよ。道具に関しては色んなやり方があるんで、その都度ですが。
ではやはり一度は漆教室に行って、「漆とはこういうものだ」という勉強はしなきゃいけないですね。
はい。それがオススメですね。
一通りマスターした場合は、巣立って。
家で塗ったり、広めたりしてほしいです。
佐々木さんの教えを守り、実行している生徒さんはいますか?
「いま自分が使ってるお箸を直せますか?」っていう方がけっこういて、「できますよ」と。
持ち帰って進めてきて、教室で手解きを受けながら塗る、なんていう方もいらっしゃいます。
一回習得すれば、一生涯なんですね。
そうですね。面倒は面倒なんですけどね、捨てて買い換えた方が早いから。
でも、今はプラスチックの問題、環境の問題があって、本当にシビアになってきてますよね。なので、簡単にものを捨てないとか、ちょっと頑張って直せば、ずっと愛着もって使えるものだと思うんです。
佐々木さんが今後「漆でなんでもやっていいよ」と言われたら、なにをしますか?
そういわれると悩みますね。でも今はほとんどそんな状態です。ただ、もっと時間がほしいです。いや、自分の分身がほしいです。ゆっくりですが、少しずつやりたいことを実現している感じです。
在校生に向けて、メッセージをお願いします。
特別な人、立派な人にならなきゃいけないっていうわけじゃなくて。それこそ謙遜ですかね。自分がいいと思ったこととか、自分がやりたいと思ったこととかを真摯にやってたら、大丈夫だと思います。それが勉強じゃなくても全然いいと思います。勉強が必要になったときに、その土台が絶対力になりますし。
佐々木さんには、そこに行きつくまでの具体的なエピソードの積み重ねがありますね。
日頃からアンテナを張ってないと、そこに行きつかないですよね。
でも、それが自分にとって、特別なことじゃなかったから。みんなも、自分では気づいてないだけじゃないですかね。
後輩にも、それに気が付いてほしいですね。
はい。
撮影場所:藤女子大学花川キャンパス
インタビュアー・ライター/新山 晃子
カメラ/中村 祐弘
編集/高橋 巧